葉緑体DNAは「固定された設計図」ではなかった -スリランカ出身の本研究科学生が発見-
【研究のポイント】
- 植物は、核DNAや葉緑体DNAなど、複数の遺伝情報系をもち、それぞれ異なる進化の道筋をたどる。
- スリランカ出身の大学院生が、葉緑体DNAは固定されたものではなく、数千万年にわたって徐々に構造を変えてきたことを発見した。
- 核DNAが細胞あたり2コピーしか存在しないのに対し、葉緑体DNAは数百〜数千コピー存在するため、小さな構造の違いが世代を超えて残る可能性がある。
- 本研究により、1つの植物の中に、構造の異なる2種類の葉緑体DNAが共存しうることが明らかになった。
- これらの構造の違いは、中新世初期(約1,200万〜2,800万年前)に生じ、長い進化の時間を通じて維持されてきた。
- カンキツ類およびその近縁植物(スリランカの文化的・薬用的に重要な植物を含む)を用いて研究を行った。
- 葉緑体DNAを「安定した遺伝的設計図」とみなす従来の考えに疑問を投げかけ、植物進化に新たな視点を与える成果である。
- 本成果は、国際的学術誌 Nucleic Acids Research(インパクトファクター13.1)に掲載された。
【研究者】
エランガ・パワニ・ウィタラナ
鹿児島大学大学院 連合農学研究科 博士課程学生
【研究成果の概要】
植物は、複数の遺伝情報をもっています。細胞核に存在する核DNAに加えて、植物細胞には、光合成を行う細胞小器官である葉緑体の中に存在する葉緑体DNAも含まれています。スリランカ出身の大学院生、エランガ・パワニ・ウィタラナさんは、葉緑体ゲノムが、核DNAとは本質的に異なる進化様式に従い、数千万年にわたってゆっくりと、しかし連続的に構造を変えてきたことを明らかにしました。
DNAはしばしば「設計図」や「説明書」に例えられます。植物の核DNAは細胞あたり2コピーしか存在せず、2冊しか存在しない大切な本のようなものです。そのため、仮に大きな構造変化が起きた場合でも、子孫を残す過程で、どちらか一方の型にそろえられ、速やかに固定されます。
一方、葉緑体DNAは1つの細胞内に数百〜数千コピー存在します。本研究は、この多コピー性によって、わずかな構造の違いが消えずに残り、数千万年という長い時間をかけて少しずつ変化しながら受け継がれてきたことを、植物の進化の歴史に基づいて示しました。
カンキツ類およびその近縁種を含む「ミカン亜科」28種の葉緑体DNAを解析した結果、ウィタラナ氏は、1つの植物の中に、構造の異なる2種類の葉緑体ゲノムが共存していることを発見しました。一方は通常の遺伝子配列をもち、もう一方はDNAの大きな部分が逆向きに配置された構造で、本の1章だけが逆向きに印刷された別バージョンの本のような状態です。
この構造の違いは、特定の位置に存在する非常に短いDNA配列が「目印」として対応し合うことで生じます。DNAの複製や修復の過程で、これらの配列が認識されると、その間のDNA領域が逆向きに再構成されることがあり、遺伝情報そのものを失うことなく、別の構造が生み出されます。
解析の結果、これらの構造の違いは、約1,200万〜2,800万年前(中新世初期)に生じ、それ以降現在まで維持されてきたことが分かりました。また、この長い時間の中で、いくつかの植物種では、元の構造が主流だった状態から、別の構造が主流へと徐々に移行していました。
研究対象には、スリランカの市場で広く見られるウッドアップル(Limonia acidissima、現地名 Divul)、ベル(Aegle marmelos、Beli)、さらにスリランカ固有種で、伝統医療や食文化に利用される Atalantia ceylanica(Yaki Naran / Wal Dehi)など、文化的・薬用的に重要な植物も含まれています。
本研究は、葉緑体DNAが「固定された設計図」ではなく、核DNAとは独立して、数千万年にわたりゆっくりと変化し続ける遺伝情報体系であることを示しました。本成果は、国際的学術誌 Nucleic Acids Research(インパクトファクター 13.1)に掲載されました。
【研究成果の公表媒体】
- 掲載誌:Nucleic Acids Research
- 論文タイトル:Ongoing structural changes highlight the dynamic nature of chloroplast genomes
- 著者:Eranga Pawani Witharana、古藤田 信博、関 清彦、福田 伸二、永野 幸生
- 情報解禁日時:2026年2月24日 午前9時01分
- DOI: https://doi.org/10.1093/nar/gkag117
【今後の展開】
本研究で開発された低コストで実用的な解析ワークフローは、葉緑体DNAにおける現在進行中の構造変化を検出するための、拡張性の高い手法です。本手法は、既存のDNAシーケンスデータを用いて、植物だけでなく、藻類などの葉緑体をもつ他の生物にも適用できます。
この手法により、1つの生物内に存在する複数の葉緑体ゲノム構造を識別・比較することが可能となり、ゲノム構造が長い進化の時間の中でどのように少しずつ変化してきたのかを調べる新たな研究の道が開かれます。植物や藻類の進化研究、生物多様性の評価、農業的・生態学的に重要な種の遺伝的特徴の解明にも貢献すると期待されます。
将来的には、本手法は、ゲノムの安定性、環境適応、種分化の理解を深めることで、作物科学や保全生物学など、応用的な植物科学分野の発展にもつながる可能性があります。
【その他PRしたい特記事項】
本研究は、日本政府(文部科学省)奨学金の支援を受けて、エランガ・パワニ・ウィタラナさんによって実施されました。
【researchmapのリンク先】
https://researchmap.jp/eranga_witharana
【本件に関する問い合わせ先】
エランガ・パワニ・ウィタラナ (指導教員:永野幸生)
鹿児島大学大学院 連合農学研究科
住所:〒840-8502佐賀県佐賀市本庄町1佐賀大学 農学部
TEL:0952-28-8753 (指導教員)
E-mail:k2734695@kadai.jp および nagano@cc.saga-u.ac.jp (指導教員)
研究の概要
スリランカの市場で一般的に見られるウッドアップルおよびベルの果実 (撮影:Manoj Namal Sudusinghe 氏/スリランカのモラトゥワ大学卒業生)
スリランカにおいて料理店で提供されたベル(左)とウッドアップル(右)のジュース (撮影:永野幸生/佐賀大学)



